「民報サロン」2022年2月18日掲載

伝統と前例

 私の住む地域では「おでんのやま」という夏に行う恒例行事があります。子ども達主体のお祭りで、じゃがいもとネギが入ったおつゆを作り、地域住民に振る舞うというもの。祭り当日畑から野菜を収穫し、川で洗い、食べやすい大きさに切り、火を起こし、おつゆを作るまですべて子ども達が行います。上級生が下級生へ教え伝え、代々受け継がれてきた年に一度の楽しいお祭りです。時代の流れによってこのお祭りも途絶え、ここ四十年ほど開催していなかったのですが、場所がお寺の裏山ということもあり、お寺の行事として四年前に復活しました。

 そもそも「おでんのやま」とは何なのか、想像つくでしょうか?お祭りの日は七月十五日、きゅうりをお供えすること、集落内には願掛けとしてきゅうり栽培を絶っている家系が多いこと。これらのことから、疫病退散の神様であるお天王(てんのう)様のお祭りと考えています。「おでんのやま」という呼び名も「おてんのうのやま」が訛ったものでしょう。資料が全く残っていないため、これらの条件から推測し、この地域独自の形で天王祭を開催しています。

 かつてこの地域でも疫病に苦しんだ時代があり、家や地域を守るために願掛けをし、神仏に祈った祖先がいたのだと思います。いつから、どんな想いからこのお祭りが始まったのか、なぜじゃがいも汁を作るのか、本当の由来を知ることはできません。全く違う形でお祭りを行っていたかもしれません。地域の尊い伝統と信じ行ってきたことは、別の理由から始まった単なる前例なのかもしれません。今の私達は先人から見れば非常識なことをしているかもしれませんし、今の私達は将来では非常識になるかもしれません。ですが、先人へ想いを馳せながら、代々伝わるこの行事を行うこと自体、祖先への感謝、鎮魂、慰霊、祈願という祭り本来の意味であると思うのです。

 

 そして現在このお祭りを行うことは新たな理由も生まれています。地域が活気づき、老若男女誰もが集うきっかけとなること、新たなコミュニケーションの場となっていることです。今後はこれが標準となるかもしれません。伝統や前例も大事に、それだけにこだわり過ぎず、祖先の想いと今の想いを交差しながら今後もつないでゆけばと思っています。
 昨年と一昨年は感染症拡大の影響で祈願のおつとめのみ開催し、お接待などの振る舞いはできませんでした。またこの二年間でご逝去された方も多く、再び一緒にお祭りを過ごすことも叶いません。これまで開催できたことは当たり前ではなく、有ることが難しい、ありがたいご縁だと実感しています。
 心落ち着かない毎日ですが、こんな時こそ、これまでの営みを見つめ直し、物事の本質や真実を見極める好機としたいものです。繋がってきた意味や有難さを実感し、感謝と共により豊かに日々を重ねてゆきたいですね。

ご縁が整い、今年こそはじゃがいも汁を囲みながら、一緒に過ごす場が開けることを願っています。開催した暁にはみなさまもどうぞお越しください。

福島民報「民報サロン」2022年2月18日寄稿

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